歴史とか伝統というのは、その国でうまれ、時間ををへて、咀嚼され、言葉にはできなくても、日本人の共通の意識のなかに根付いたものですね。特に伝統的な暮らしをしていない私でさえ、いい器でお茶をのむと気持ちがほっとしたり、お茶碗でごはんがおいしく感じたり、お刺身にしょうゆのためにわざわざ小皿を出したりします。紅葉に四季を感じもみじ狩りに行きたくなるし、たたみに寝そべれば、柱の木の香りに気持ちが和らぎます。
京都や奈良の1000年を経た風景は、日本人の普段の生活には現実的ではないけど、そこに、日本人としての原点を感じるからこそ、あんなにも人を魅了するのでしょう。普段はあまり意識しませんが、日本人としての伝統や、文化の原点をもっていることは、とても幸せなことです。たとえ、捨てるほどお金があったとしても、山奥にプライベート京都を作る必要なんてない。いつも心に、日本的、京都的なものがあるからです。
影響力のあるお金持ちのアメリカ人が、京都に魅せられたのはうれしいことですが、たとえ形だけ真似してもそれは模型。京都にはなりません。もっと別の形でお金を使って、日本の文化やよさを世界に伝えてほしいものです。
以前、フランスのお城で国際会議をやったとき(ヨーロッパの人はよくそうします)アメリカ人が何度も古城をうらやましがっていたのを思い出します。相対的に歴史が浅く、多民族国家ゆえに文化が多様なアメリカがお金で買えない京都、伝統、歴史、文化。我々はもっとそれを意識して、大切にすべきと思います。
北岡豪史@オレンジの街角(www.kitaoka.biz)
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